Sakai Medical Stories Vol.11 災害現場の「盾」と「架け橋」:業務調整員(ロジスティクス)が見るDMATの真髄

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Vol.11 災害現場の「盾」と「架け橋」:業務調整員(ロジスティクス)が見るDMATの真髄
総務課 西田 純一 課長補佐

災害が発生したその時、医師や看護師が治療に専念できるよう、現場のインフラを支え、組織の枠組みを超えた連携を可能にする存在がいます。
それが、DMAT(災害派遣医療チーム)における「業務調整員(ロジスティクス)」です。
今回は、法人事務局 総務課 課長補佐であり、現役の日本DMAT隊員としても活動する西田 純一さんに、過酷な最前線での闘いや、日頃の備え、そしてこれからの展望についてお話を伺いました。
Q1.医師や看護師が治療に専念するための環境調整や通信確保は、まさに「命のインフラ」です。西田さんが現場で最も大切にしている「ロジの矜持(こだわり)」を教えてください。
私たち業務調整員の最大の役割は「医師や看護師が医療活動に専念できる環境を整えること」です。
直接的な医療行為はできませんが、現場を調整し、後方のインフラを整えることで、過酷な被災地でもスタッフが普段通りのパフォーマンスを発揮できるようになります。
この「縁の下の力持ち」として医療を支える黒子の役割こそが、私の矜持です。
Q2.能登半島地震(2024年)での派遣において、業務調整員の視点から直面した最大の困難と、それをどう乗り越えたのかお聞かせください。

2024年2月上旬から第2陣として、医師1名・看護師1名・業務調整員2名の計4名で、避難所となった「いしかわ総合スポーツセンター」へ赴きました。
主な任務は高齢者施設入所者の方々の体調管理、入退所者の管理、本部調整活動です。
冬季の豪雪地帯という過酷な環境を想定し、出発前にスタッドレスタイヤやチェーン、燃料の携行缶、車中泊用の寝袋などを徹底的に準備して臨みました。
現地では、避難者の他施設への移送が随時行われているなかで活動するとともに、DMAT活動縮小に向けた業務のスリム化を行いました。
日々変化する状況を正確に把握し、活動規模を適切にコントロールしていく交通整理に尽力しました。
Q3.災害派遣がない平時、総務課での日常業務とDMAT隊員としての意識をどのようにスイッチさせているのでしょうか。
能登半島地震を経験したことで、「いつどこで自分が被災するか分からない」という意識がより強くなりました。
そのため、平時から災害ニュースや地域の情報にアンテナを張り、情報収集を習慣化させています。
「知っていること自体が現場での大きな武器になる」という教えの通り、日常業務のなかでも常に「もし今、発災したら」という視点を自然と融合させています。
Q4.混乱の中で多職種・多機関と「情報の交通整理」を行う際、心がけているコミュニケーションの極意はありますか?
最大の極意は、平時からの「顔の見える関係づくり」です。
災害現場で活動する他病院のDMAT隊員や行政の方々は、ある程度限定されています。
だからこそ、平時の研修会や訓練に積極的に足を運び、顔を覚えてもらうようにしています。
現場で「初めまして」から始めるのと、「あのときの研修でご一緒しましたね!」から始めるのとでは、信頼関係の構築スピードが全く違います。
Q5.実際の現場を経験したからこそ感じる「訓練にフィードバックすべき課題」とは何でしょうか。

「訓練だから」といって、資機材の準備や装備を省略しないことです。
訓練で手を抜いたことは、実働の極限状態のなかで必ずミスや忘れ物として現れます。
訓練であっても実働と全く同じ装備、同じ緊張感で臨む「即応体制」を徹底することが重要であり、この意識をチーム全体に浸透させていくことが、実戦から得た最大のフィードバックです。
Q6.過酷な現場では隊員の疲弊も激しいはずです。業務調整員として、チーム全体の状況を俯瞰し、環境を整えるために配慮していることはありますか?
指示待ちになるのではなく、「今、チームに何が足りていないか」を常に先回りして考えるようにしています。
現場では医療スタッフが自分の限界を超えて動こうとしてしまうため、ロジの視点から「休むことも任務」と割り切れる環境を作ったり、適切な休息場所や物資を確保したりして、チームの士気と体力を維持しています。
Q7. 事務職という立場からDMATに志願し、険しい現場へ赴き続ける西田さんの背中を押している「想い」や「原体験」は何ですか?

2016年の熊本地震の際、当院の先輩事務職員がDMATとして現地で活動し、使命感に満ちた姿で帰還したのを見たことが原体験です。
その姿に純粋に憧れ、同時に「多忙な先輩の負担を少しでも分担したい」という想いが芽生え、自ら志願してDMATの研修を受講しました。
Q8. これまでで最も「この仕事をしていて良かった」と感じたエピソードを教えてください。

活動を終え、避難されていた高齢者の方々や現地のスタッフから「本当に助かりました、ありがとう」と声をかけていただいた瞬間や、当院に無事に帰還して仲間たちに温かく迎えられたときです。
自分が整えたインフラや環境が、間接的にであれ被災地の方々の安心に繋がったと感じられることが、次も現場へ向かうための大きな原動力になっています。
Q9. 医療スタッフから「西田さんがいれば安心だ」と言われるために、日々自分に課しているルールはありますか?
「自分の頭で考え、主体的に動くこと」です。
現場ではマニュアル通りにいかないことばかりです。
リーダーからの「指示待ち」になるのではなく、今、自分がロジとして何をすべきかを常に判断し、先手を打って行動することで、医療スタッフに最大の安心感を持ってもらえるよう心がけています。
Q10. 総務課の業務、そしてDMATの活動を通じて、貫いている「信念」を教えてください。
「知ることは最大の武器であり、備えである」という信念です。
日常業務でもDMATでも、周囲に関心を持って情報を貪欲に吸収し、事前に「知っている」状態を作っておくことが、いざというときの迅速な対応と適切な危機管理能力に直結していくと信じています。
Q11.堺市医療圏の災害対策や、当院のDMATチームとして今後挑戦していきたいこと、理想とする組織のあり方をお聞かせください。
当院は災害拠点病院として、地域全体の災害対応力を牽引する役割があります。
今後は自院の体制強化にとどまらず、堺市内の他の病院への研修・訓練支援や、行政・医師会と連携した「拠点応急救護所設置事業」の運用整備に主体的に関わっていきたいです。
チームの理想は、特定のメンバーに負担が集中しない「持続可能な組織」です 。若手隊員の参画・育成に力を注ぎ、誰もが主体的に動ける強いDMATチームを創り上げていきたいですね。
DMATに興味がある方は私までお声掛けください。
Beyond the White Coat
― 白衣の向こう側 ―
ここからは、医療や仕事の話から少し離れて、休日の過ごし方や好きなものなど、日常のひとコマから見えてくるスタッフの人となりや、ちょっと意外な一面をご紹介します。
過酷な現場を支えるスタミナ源:勝負飯、または疲れた時に無性に食べたくなるものは?

とにかく卵料理が大好きです!
勝負飯や、がっつり体力を回復したいときは、堺東にある「まるはのかつ丼」をよく食べに行きます。
あとは、なかもず周辺にある二郎系ラーメン(「歴史を刻め」など)の、あの圧倒的なボリュームとニンニクのパンチも大好物ですね。
最近では、病院近くのおにぎり専門店ハッピーアイランドがおすすめです。


オンとオフの切り替え術:西田さん流のリフレッシュ方法や趣味を教えてください。
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趣味は「マラソン」です。
毎朝5時頃から30〜40分ほど走るのを日課にしており、休日は20kmほど走ることもあります。
近所の百舌鳥・古市古墳群の周りなど、古墳を巡るルートを走り、スマホの地図上で自分が走った軌跡を可視化して眺めるのが何よりの楽しみです。