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平成23年3月12日 東北地方太平洋沖地震 出動

市立堺病院DMAT出動報告

未曾有の大災害である東北地方太平洋沖地震に対して、市立堺病院は、災害医療のプロフェッショナルDMATを派遣、被災者へ医療救護活動を行った。以下、その報告を記す。
DMAT隊員は、日本中で災害が発生すると厚生労働省内のDMAT本部から連絡を受ける。今回も3月11日(金)大地震発生直後に市立堺病院の全隊員はメールを受信、勤務外職員も含め、当院に自主参集した。
医師2人(中田・小林)、看護師2人(福里・梅原)と支援職員2人(松下・久松)計6人にて出動が決定、翌12日(土)午後2:20自衛隊機で「いわて花巻空港」へ飛ぶ。岩手を降り立った瞬間の思いはおそらくみな同じ"(風が)すごく寒い!!!"。
花巻空港SCU(Staging Care Unit:広域搬送拠点救護所)では、すでに20施設以上からDMATが参集、陸前高田や大船渡、釜石地域からの傷病者を受入れていた。傷病者を乗せていた車椅子の座面が濡れた砂だらけだったことにショックを受ける。
夜、翌日の作戦計画を立てる時、当院DMATリーダーの中田医師がSCU本部統括(本部長)に選出され、以後、指揮を執ることとなった。夜は不測の事態に備えSCU近傍の旧町役場跡?で休息。電気・水道は止まっており、真っ暗な中、硬い床の上で寒さに震え、数多い余震にびくつき、ほとんど眠ることができず・・・・。
翌13日(日)は朝6:00起床、顔を洗う水は当然なく、貴重なミネラルウォーターで歯を磨く。6:30にはSCUに集合、傷病者の受入れ準備開始。当院DMAT隊員は本部付けとして、ドクターヘリ運行責任者や現地の医師、消防と情報交換、患者の受入れと治療、転送を進めた。本部統括の中田医師は、岩手県庁内のDMAT調整本部と連絡をとりつつ、多くの指示を飛ばす。当院の他DMAT隊員も情報収集や伝令として活躍。
結局、この日一日でドクターヘリや都道府県防災ヘリ、自衛隊機で運ばれてきた49人の傷病者を治療、うち6人の重症者は自衛隊機に乗せて羽田空港へ、43人を盛岡周辺ダメージの小さい病院に転送できた。ただ、津波発生や原発による放射能漏れなどの未確定情報によりヘリの運行が左右され、患者搬送は予想ほど進まず。また、沿岸地域に調査に向かったDMAT隊と全く連絡がとれず、SCU本部にもどれなくなったことも・・・・・・(後に全員無事帰還)。
14日(月)、大阪府から"午前には撤収せよ!"との連絡が。午前中に到着予定であった大阪府のチャーターバスは遅れに遅れた。結局、午後7:00に撤収するまで、市立堺病院DMAT隊は、SCUに運ばれてきた傷病者の治療を担当。傷病者の話はかなり悲惨・・・。
撤収後は、安全のため秋田で一泊。15日(火)午前8:00出発し、ひたすら日本海沿岸側を南下。計18時間かけて16日(水)午前2:00市立堺病院に全員無事帰着し、任務完了となった。
今回の出動は、派遣された隊員の努力とともに、院長、副院長、他のDMAT隊員や事務職員などからなる強力な後方支援部隊や、市立堺病院全職員の応援によって成り立ったことを強調して、この報告を終える。